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'ラムケーキを探して' By Barry Crisp
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古いオーク材の樽に眠る5年もののラム酒で作られた、この特別なトルトガ・ゴールドブレンドのラム酒は、一般に入手することは困難でボトル販売も行われていない。レシピさえ100年もので、母から娘へと時を経て受け継がれてきたものである。知る人ぞ知る珍品であろう。それに、何がそんなに興味をかき立てたかと言えば、カリビアの焼き菓子店はその店の名前すら持たなかったのである。店はあったし皆そこにあることは知っていた。ちょうど他の多くの店同様に週に6日商いを行う店だった。 私は、大学の学期が終わる次の休みにリドリー・ロード・マーケットを訪れることに決めた。名もないカリブ人の焼き菓子店とトルトガ・ラムケーキを探しに行くだけでなく、活気にあふれたマーケットと多様な文化が取り巻くその歴史を知りたかったのだ。 美しく晴れた日曜日の午後早めに家を出た。6月の太陽は容赦無く照りつけ、歩道に跳ね返る。149番バスを終点のスタムフォード・ヒルまで乗った。そこはロンドンのハシド系ユダヤ人の特殊居住地のひとつである。ここがストーク・ニューイングトン・ハイストリートの始点で、ストーク・ニューイングトンの外縁部を通ってまっすぐに道が一本交差する。この通りはその後「キングスランド通り」に変わり、ローマ風のこの通りは、ダルストンを抜けショーディッチへと続く。 今はハックニーのロンドン行政区として知られているが、1965年以前には、三大都市行政区に別れていた頃があった。ショーディッチ、ストークニューイングトン、そしてハックニーである。各々歴史は中世まで遡る。ハックニーは1198年に最初に登録され、ショーディッチは1148年に、そしてストークニューイングトンは1247年である。その後400年間この3つの行政区はミドルエセックスの田舎の農業地区であった。それぞれの行政区は区の教会を中心とした教会区だった。今日まで残る建物は、ストークニューイングトンの旧セントメリー教会、ショーディッチのセント・レナード教会(1740年に再建された)そして唯一中世の教会としてハックニーに残る、メアー通りのセント・アウグスティン・タワーである。 私は、きちっとプレスされた黒いストライプのスーツを着た、若い中国人男性の隣に座った。彼は窓際に移動し、空いた彼の隣へ招いた。 「ありがとう」と、私は笑顔で言った。 「いえ、こちらこそ」とその中国人は片言の英語で答えた。暫くたって私たちは、すばらしく晴れたイギリスの天気の話や、住んでみたい国について語り合った。彼にとっては韓国が住んでみたい国であり、私は日本だった。そしてすぐに何がイギリス人たらしめているのか、という話題にお互い興味を持ったのである。私は自分がイギリス人ではなく世界人だと思っていると述べた。彼はこれに対して大変面白い応答をしたのである。 「イギリス人であるということは、色々な国の人々と友達になるということさ。サルサ・ナイトクラブに出掛け、インディアンカレーを食べ、出稼ぎ労働者のタクシーで自宅に戻り、家ではオランダ製ビールを飲む。イケア製のソファーでくつろいで、日本製のテレビで退屈なアメリカンドラマを見るのさ。」彼はぼさぼさの黒髪を掻き上げて笑った。 私は149番バスをキングスランド・ハイストリートで降り、あの土曜日のために集まってくる人々の人混みへ滑り込んだ。ラムケーキは土曜日にしか売られていないと祖母から聞かされていたのだった。私はカリビアンの焼き菓子店への行き方を人に聞かない事に決めた。自分で見つけたかったのだ-その店が偶然目の前に現れるのを期待した。まるで、地図を持たないシティースリッカーのように埋蔵された宝探しをしているようで、私は興奮した。 左に曲がるとリドリー・ロード・マーケットだった。しばしたたずみ、この歴史的なたたずまいの中で深呼吸した。私はゆっくり歩きながら考えた-マーケットは臭いがして騒がしく、人と人がぶつかり合う。何かうんざりする場所のように思えた。にもかかわらず、完全なまでに魅力的で活気づいている。そこでは様々な国籍の人々が肩を擦り合わせているのだった:インド人、中国人、ジャマイカ人、都会派のロンドン子、トルコ人、アフリカ人-様々な言語と方言が魚の臭いのする大気に漂う。 マーケットの異なる露店が、小さな一つのマーケットに、更に一つの街を作り国際性を特色づけている。値切るかけ声が耳に届く。異なった言語やアクセントが、マーケットにいる人々がどこから来たのかを連想させる。そんな違いもさることながら、聞き慣れたレゲー音楽がマーケットの通りの後ろから広がり、外の全ての音を包み込む。 私は最初に、オリーブの実や珍しいチーズ、地中海独特の料理を売っているトルコ人の店を訪れた。そこの店の農産物は大きな土焼きのポットに保存され、値段が解りやすいように手前に表示されていた。店主は客に声を掛け、好きなものがあれば自由に試食できることや値段を大声で叫ぶ。前を通り過ぎる一群の女性にウィンクをして手招きをして声を掛ける。これら全てが私に露店マーケットの特長を決定づけた。店主の強いトルコ語のアクセントと店の隅に誇らしげに掲げてあるトルコの旗から、店主は間違いなくトルコ人であることを諭しているのだった。 「お客さん、このオリーブちょっと試してみないかい。おいで、おいで。ただでオリーブ試させてあげるから。」通り過ぎようとする私に店主は言う。 私は大きくて緑のフェタチーズが詰まったオリーブを試食した。オリーブオイルがフェタチーズに染み込んでいて、ガーリックの味は最高だった。 「どこから来たの?」と店主は訪ねた。 「ちょうど道を下ったところ。スタンフォード・ヒルに住んでるんです。」 「そうじゃなくて、つまり、どこの出身かってことだよ。」 「あぁ。私の母はジャマイカ人で、父はイギリス人です。」 「するってぇと、ロンドン子かい?そりゃいいや。どのオリーブがいいかい?小さい容器のは3ポンド50。大きいのは6ポンドだよ。」 「小さいのを貰おうかな。でも本当は半分ずつ欲しいんです。半分グリーンオリーブのフェトチーズ詰め、後の半分はグリーンオリーブのアーモンド詰め。」 私は代金を支払い、オリーブを受け取り次の店へと移った。先には世界中の野菜や果物など更に食品を売っている露店が並ぶ。インド人の店が右側にあった。アルフォンソ・マンゴ、オクラ、なすび、ココナツの実、チコという茶色い果物、そして再び値段がそれぞれ計られた品物の前にかかれてあった。 「どちらから?」と私はインド人の店の男に聞いた。 彼は愕いた様子で応えた。おそらくお客から直接聞かれる質問ではなかったのであろう。最初に彼は口ごもってから応えた。「インドからさ。でもイギリスには1960年代からいるんだ。ところでお若いのはどこから来たんだい?」 「ロンドンのスタンフォードヒルです。」 「いやいや、出身地だよ。」 私は、この市場で言い繰り返される話の様子を考え、私が実際どこの出身で、人種は何で、どこに住んでいるのかを説明した。話は私が何をしているのかということに及び、ジャーナリズム専攻の学生であることを伝え、将来は日本に移り住むこと、そしてリドリー・ロード・マーケットに来た理由を答えた。ちょっとした隙間があれば突如として出現してくる大きなスーパーマーケットや国際化といった事について、ロンドンのマーケットの昔と今、そして特に将来について学びたいということを語った。私はこのインド人店主がマーケットの昔について学ぶために理想的な人物だと思い、初めに期待したこと以上に多くの答えを引き出しそうな質問を続け始めた。 店主はかつてのリドリー・ロード・マーケット、そして第一次世界大戦前はこの場所にこの地域一帯に多く住むユダヤ人の地域社会があったことを話してくれた。つまりユダヤ人達が彼らの地域でマーケットを営んでいたのである。そこで残ったのが、安息日を祝う金曜日の午後と土曜日の昼間を除いた全ての日にちで24時間営業を行う、一軒のベーグル・ベーカリーの店だった。 第二次世界大戦後は、世界中のあらゆる所から突如として多くの人々が流入し移り住んだ。最初は両戦争でイギリス軍と供に戦ったカリビア人、インド人の移住者が多かった。 1950年代頃からアフロ・カリビアン社会が全盛を迎えたが、少なくとも1630年以来ずっとハックニーには黒人の存在があった。同じくして第二次大戦後からはインド亜大陸より多くのインド人がハックニーにやってきた。しかし、イギリス人子息の世話をしてきたアジア系の乳母達が、その子息の家族と供にイギリスを訪れ、1900年頃からハックニーに住み着き始めた。 インド人店主の男は茶色い肌をして、多くて灰色がかった髪に、親切そうなまなざしをし、にこやかにほほえんでいる。時々円を描くように手を振った。彼は上機嫌だった-なぜなら彼の話を聞いてくれた人がいたからだ。男はこの地区の歴史をはっきりと解っていた。そして私たちの話が終わる前に、ケーキの上に飾るアイシングで形を作り、これは19世紀に犯罪率の多かった場所だと話してくれた。裕福な慈善事業家らが犯罪が起こることを、ロンドンのそれらの地域に行く良い機会とし、貧しい人々を支援することにより徳を施し、さもなくば監視したのである。彼らは道徳的な質を高めれば改善すると考えたのだった。 「ありがとうございました。」私は言った。 「いやいや、良いんだよ!またおいで。そして私の店のことを書いておくれ。」彼は明るく笑いながら答えた。 ダルストンのリドリー・ロード・マーケットは全てが稼ぎと利益だ。それはインド人の男の最後の言葉から明らかだった。彼は私が私の記事の中で彼について書くことを完全に期待して話していたのだった。 私は既に木曜日が買い物には適していると言うことを知っていたので、軒先に並ぶ野菜や果物は買わないことにした。なので、店主が何か買わないかと訪ねる前に店の前をこっそりと去った。太陽が更に空高く昇るように、疲労も増してきた。店の人の勧誘をずっと交わしていることに煩わしさを感じ始めたのだった。マーケットはそれぞれの店を覆うカラフルな毛布のように光っていた。どんな欲しいものも手に入った。電池や服、靴にDVD、ペット、食品、髪飾り、シーツやカーテンなど色々なものを買うことが出来る。一つ気にしなくてはならないことは、最良の価格で売っている店に行くことだ-これには経験と知識がいる。 私が探していたものを見つけたのは人混みを避けて脇道へ入った後だった。 真っ白な無地の看板が付いた小さなカリビアンの焼き菓子店が、2軒の居酒屋の間にたたずんでいた。このカリビアンの店が、このように名もないままずっと幾時代もの間続いてきたのかと一瞬不思議に思った。ハリーポッターの話に出てくる場面に引き込まれたかのような気がした。そして店にはいると何か別の世界に運ばれていくようだった。 私は暫く、数人の人がほほえみながら店を出、中では声を上げて笑う人々の様子を見て立っていた。 店に入った。新しいパンと鶏肉の香りが空中に舞い、暖かで甘い香りが店中に漂っていた。茶色の帽子をかぶった年老いた男性が店の隅に座っていて、2人のほっそりとした女性がカウンター越しに立っていた。ジャマイカの国旗が、おつまみや、ジンジャービール、カリビアン・フィジードリンクやスーパーモルトといった酒類が入っている冷蔵庫の上の壁の角にピンで留められていた。壁は黄色に塗られ、店内の自動販売機にはペーストやカリブのパン、ケーキ、チキンと山羊のカレー、肉団子そして私が知らなかった他の食品がいくつか陳列されていた。しかし、私が探しに来たラムケーキはどこにも見あたらなかった。他の客が米を求めて台所へ立ち入った時、1人の女性が、白い歯を見せてにっこりと私に微笑みかけた。 2人の女性の後ろの広い壁は、商品の値段表になっていた。ラムケーキの値段を探すのは困難だと思ったが、案の定見つけるのに失敗した。 「ここは家族で経営されているのですか」と、何か神経質に私は訪た。 「そうよ!代々受け継がれているのよ」と、ジャマイカアクセントで2番目の女性が答えた。「何かお好きなものは?」 私はいつも思うのだが、女性がジャマイカの言葉を柔らかいアクセントで話す時は素晴らしく魅力的だ。どきどきして微笑みながらカウンターに歩み寄った。 「トルティガ・ラムケーキを2つお願いします」。 「今日は焼きたてだ!」と後ろから男の声がする。 「誰があなたをここに連れてきたの?」と2人の女性はほぼ同時に訪ねた。 「おばあちゃんです」。 皆が微笑んだ。1人の女性が台所に入り暫く絶って、丸いガラスの大きなお盆と供にもどってきた。そこには美味しそうなトルトガ・ラムケーキが乗っていた。沸いているヤカンからでる水蒸気のように、甘いラム酒の香りが広がる。 「本当は3つお願いします!一つは今食べて行きますから」 「他には?」 「ジンジャービールとビーフペースト」 「ビーフペーストは暖めた方が良い?」 「はい、お願いします!」 1人の女性がコーンビーフを暖め、ジンジャービールをバッグに詰めている間に、もう1人のが2つのジンジャーケーキをバックに入れ、そしてナフキンの上にケーキを一つ手に載せて持ってきた。私はしばらくの間、茶色いふわっとしたケーキの表面を見つめた。一口食べてみろと自分に言った。そしてとうとう一口! 突然周囲のざわめきが静まり、そしてケーキを一口ずつ口にするごとに消えていった。干しぶどうの味と甘いケーキの生地。そしてうっとりするようなトルティガ・ラムケーキはバラバラになり、口の中で再び味が蘇る。 思った以上に美味しかった?それはまるでマジックに掛かったみたいだった。祖母がにっこりと微笑んだ意味がやっと理解できて、私は深く息をすると店の店員に微笑んだ。店を後にし、にぎわうダルトンのリドリー・マーケットへ戻り、更に私はニンマリと笑った。ラムケーキをがつがつと食べたことを思い出しながら歩き、周囲の幸せそうな人々を見ていると、この旅の本当の意味に気がついた。本当の旅は私の心の中にあったのだ。私は私がジャマイカ人であることの意味を思い起こしていた?それは密かに消えていっていたもうひとりの自分であった。 ________________________________________ リドリー・ロード・マーケット 住所:リドリース通り、ダルストン、ロンドンE8 交通:電車 ダルストン・キングスランド駅(国鉄?シルバーリンク) バス:149、242、243、67、38、76番バス 開店時間:月曜から水曜 09:00-15:00 木曜: 09:00-12:00 金曜と土曜: 09:00-17:00
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